この度NDIソリューションズ株式会社よりAIチャットボットCBxシリーズ用の災害対策コーパスの提供を開始しました。そこで、この災害対策コーパスの共同開発者鈴木先生にインタビューを行い、開発の目的や特長についてお聞きしました。
<鈴木先生プロフィール>
まず読者の皆様に今回取材させて頂いた鈴木先生のプロフィールをご紹介します。
◆鈴木猛康先生 プロフィール
特定非営利活動法人防災推進機構 理事長
山梨大学名誉教授
山梨大学大学院附属 地域防災・マネジメント研究センター 客員教授
東京大学生産技術研究所リサーチフェロー
日本工学アカデミー会員
1982年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了。民間企業にて地震工学に関する研究、技術開発、耐震設計実務に従事。1992年東京大学工学博士。2004年~2007年(独)防災科学技術研究所川崎ラボラトリー。2006年より特定非営利活動法人防災推進機構理事長。2007年より山梨大学大学院教授。2011年7月(設立)~2022年3月山梨大学地域防災・マネジメント研究センター・センター長。2022年3月山梨大学定年退職。2007年より東京大学生産技術研究所リサーチフェロー、山梨県防災アドバイザー、山梨県防災体制のあり方検討委員会委員長、山梨県強靭化有識者会議座長、山梨県防災基本条例検討会構成員、太陽光発電事業に関する事業者指導の在り方検討会議委員等を歴任。
専門分野:①IT防災:国~自治体の防災情報共有プラットフォーム開発、リアルタイム土砂災害発生予測システム、AI防災チャットボット等。②リスクコミュニケーション:国~都道府県~市町村~地区住民の協働プロセスの設計、実施。③地区防災計画:計画策定支援プロセスの設計、実施等。④防災まちづくり:水害に強い甲府盆地推進研究会
――まず、最初にNDISソリューションズのAIチャットボットに関する質問です。これはNDIソリューションズのメンバーに聞きましょう。「災害対策コーパス」とAIチャットボットCBxシリーズについて簡単に教えてください。
NDIソリューションズ株式会社 ソリューション戦略本部AI-labo 飯田浩司:
CBxシリーズとは私共AI-laboが中心となり開発・提供しているNDIソリューションズ独自のAIチャットボットです。さまざまな業務で汎用的に利用できるCB3シリーズ、人事・総務など特定業務向けのCB4シリーズといったラインナップをご用意しています。
本日お話を伺う鈴木先生との共同開発で提供できるようになったのがCBxシリーズで利用可能な「災害対策コーパス」です。災害対策用FAQ、といった方が分かりやすいかもしれません。災害対策における知識を質問と回答の形式でまとめたもので、CBシリーズにご利用のお客様に無料で提供します。これによりチャットボットに災害対策に関する質問をすると、自動で適切な回答を得ることができるようになりました。どんな企業でも従業員やお客様を災害から守ることは重大な使命だと思うので、広くお使いいただけるものと考えています。
――では鈴木先生にお伺いします。この度の災害関連FAQの共同開発について、背景や経緯、目的などを教えて頂けますか?
鈴木先生:
もともと作りたかったのは、海外から日本への観光客、つまりインバウンド観光客向けの災害・防災情報を提供する仕組みです。当時観光で日本に来られた方が災害時に困ってしまった、という話を聞いていたからです。滞在時に災害が起こった場合にどうすればよいのか?適切な情報を得る手段がない、というのです。では実際に災害に遭った外国の方がどうやって情報収集していたか?といえば、被災地にいるにもかかわらず仕方なく自国のメディアに頼っていたそうです。それでは十分な情報が得られるはずもないですよね。
あるいは滞在しているホテルの従業員に災害の状況や対応について聞いたりしていたといいます。しかし外国語に堪能なホテルスタッフは多くありません。特に中小規模のホテルでは災害の知識も翻訳能力も十分でないため、対応が難しい…。
海外からの観光客の皆さんが困ったときに役立つ情報を提供できていない、そんな状況を変えていく必要性を感じていました。
――ネットで検索するとさまざまな情報が得られるようにも思います。例えば豪雨であれば気象庁が発信する情報が入手できます。そういったものの利用では難しいのでしょうか?
鈴木先生:
ネットの情報はとても豊富にあると思います。しかし、例えば気象庁の情報を収集して、それをそのまま正しく理解するのは日本人にとっても簡単ではなく、さらに外国の方に伝えるのは困難です。日本と外国では災害に関する言葉の定義や基準も違い、使われている用語は日本人にとってさえも難解なものですから、なおさら外国人には理解できないものです。Google翻訳など機械翻訳の機能も進歩が目覚ましいですが、そのような難解な文章を間違いなく翻訳するのは現状ではかなり難しいと言えるでしょう。
また災害に遭ったときに本当に必要なのは、「災害に遭っている今、どう行動したらいいか?その次にはどう行動したらよいか?」といった情報をすばやく、分かりやすく伝える仕組みです。それらの情報も仕組みも決して十分ではなく、なにか他の方法が必要だと感じていました。
――その仕組みとしてAIチャットボットを利用することは当初から考えておられたのですか?
鈴木先生:
もともとはホテルや観光施設などのスタッフ向けの、問い合わせがあった際の回答集を想定していました。「こんな内容を質問されたら、こう回答する」というような対応マニュアルのようなものですね。
その後、いかに分かりやすく伝えるか?多くの人に使ってもらうか?を検討する中で、AIチャットボットの利用や災害対策コーパスの整備に行きつきました。今思えば、当初から「チャットボットのようなものがあったらいいのではないか」という漠然としたイメージは持っていましたね。
――当初はAIチャットボット用を想定したものではなかったのですね。災害対策のFAQをコーパスとしてAIチャットボットに適用することにはどんなメリットがあるのでしょうか?
鈴木先生:
回答マニュアルでは伝えたいことの55%ほどしかカバーできないと考えています。人が臨機応変にマニュアルを読んで適切に回答するのは難易度が高いですよね。それがAIチャットボットだと70%ほどカバーできるという肌感覚を持っています。うまくいけば90%程まで行ける可能性もあるかもしれません。
NDIソリューションズとは外国人向けの防災情報提供の話をしていた企業様を通じて出会い、共同でチャットボット開発に取り組み始めました。
――鈴木先生とAIチャットボットを開発している弊社との出会いは両社にとって運命的なものかもしれませんね。弊社のようなITベンダーが災害対策コーパスを単独で開発していたら、災害時に本当に使えるものにはなっていなかった、という気がします。
鈴木先生:
今回の災害対策コーパスの開発にあたり、知識を習得するだけの教科書的なものは考えていませんでした。知識が得られるだけでは意味がありません。やはり必要なアクションに繋がることが大切です。共同で開発したことで、AIチャットボット用の災害対策コーパスとして真に役立つものができたのだと感じます。
加えて外国人向けの分かりやすさを追求した結果、日本人にもわかりやすいものが出来たと自負しています。
――災害と言っても様々なものがあると思いますが、災害関連コーパスにはどのような内容が含まれているのですか?
鈴木先生:
災害対策FAQには巨大地震、集中豪雨、火山噴火のFAQが含まれています。
それぞれの災害についての基礎知識から、発出される警報の知識、退避の知識といった内容が揃っています。約1200の質問とそれに対する回答が用意されています。
災害と言っても地震、豪雨、火山は担当している部局が違い、警戒レベル等も違いますので、これらの違いを無視して一つにまとめることはできません。情報源がバラバラにならざるを得ないので、自分で調べようと思うと大変です。しかしAIチャットボットなら一つの窓口から問い合わせでき、災害対策コーパスを参照して適切な回答をしてくれます。AIが質問者の意図を学習し、回答精度や使いやすさも向上していきます。
――日本でも地域によって災害の違いがあります。例えば私が住んでいる四国の徳島では津波対策の優先度が高いのですが、津波についても地震のFAQに含まれていると聞き安心しています。
そんな配慮の行き届いた災害対策コーパスですが、開発される際にはどんなところに留意されていたのでしょうか?
鈴木先生:
もともとインバウンド観光客向けを想定していたので、外国の方が日本に旅行に来たときの具体的なシーンを想定しながらFAQを検討していきました。例えば、「いま木造のホテルに宿泊しているがここは大丈夫か?」「いまから京都に向かうけど地震あったらどうするか?帰れるのか?」といったものです。
このように日本人を対象としたものではない発想から始めて災害対策コーパスを開発していったのですが、結局それが日本人にとっても有用と思えるものになっていきました。なぜなら災害時にインターネットやテレビで得られる情報は日本人でも少々わかりにくいものやアクションに繋げにくいものが多いからです。
このように災害時を具体的に想定して、必要な情報や取るべきアクションを検討していったので、災害対策コーパスは外国人にも日本人にも役立つものになっていると思います。
――日本人と言っても災害対策の知識のレベルはバラバラですものね。たしかに外国人の方に理解してもらえるように作ることで、多くの日本人にも分かりやすいものになったのだというお話は納得できます。
さて、先程「必要なアクションに繋がらなければ意味がない」というお話がありましたが、その点での災害対策コーパスの特長を教えて頂けますか?
鈴木先生:
私が常に意識しているものとして、ノンフィクション作家の柳田邦男氏が提唱した4つのポイントがあります。これは事故分析のバイブルとも言われている著書『「想定外」の罠 大震災と原発』で述べられているものです。
災害対策コーパスでも、このポイントで回答文を考えており、1回か2回質問すれば1~3について回答が得られるように作られています。つまり「何が起きているか?今後どう進展するか?いま何をすべきか?」といった災害対策で重要なポイントがすぐに分かるようになっているのです。実際に災害対策コーパスの回答文を読んで頂けると、このことに納得していただけるはずです。
その分チャットボットからの回答文が長めになっていますが、重要なポイントをお伝えするためだということがご理解いただけると思います。
――この4つのポイントは災害や事故の対策に限らず、ビジネスや普段の生活などあらゆることに通じるものと感じます。4つ目のポイント「分かりやすく伝える」では外国の方も対象になっていると思いますが、外国の方にも分かりやすく伝えるためにどのような取り組みをされたのでしょうか?
鈴木先生:
いざという時に使えなくては意味がありませんから、本当に外国の方にも使えるようなものになっているか?テストをして改善を重ねてコーパスへ活かしています。
私の大学の研究チームには中国やベトナムなど海外からの留学生が多く、英語が得意な学生も多くいました。
彼らが開発のメンバーとして協力してくれて、英語を母国語としている人や中国の知り合いの人などまで巻き込んで、テストをしてくれたのです。
「機械翻訳でも簡単に伝わる」というのが原点としてありましたが、同じ表現でも国や言語、文化の違いで反応が異なったりして、単純に翻訳するだけでは本当に伝えたいことが伝わりません。
このテストを通じた改善は本当に大変でしたが、その結果日本人にも分かりやすい言葉で、誤解のないように伝わるものができたはずです。
――今では多くの日本企業で海外の方が働いています。インバウンド観光客の方たちはもちろん、日本で働く方、日本人、すべてに役立つ災害対策情報として大変貴重なものですね。
さて、最後にこの災害対策コーパスへの期待をお聞かせいただけますか?
鈴木先生:
せっかく作ったので広く使われるようにしてほしいですね。NDISのCBxシリーズが前に出なくてもプラットフォームとして使われれば、と考えています(笑)。
「災害時にどう行動するのか?」ということが、簡単な操作でわかりやすい回答で出てきます。このような発想で作られたものはあまりないので、利用が広がれば日本人の防災意識が変わるのではないしょうか。そんな力をこの災害対策コーパスは持っていると思います。
簡単に翻訳してくれる携帯型のAI通訳機などで使えるようになってもいいですね。幅広い用途でつかっていただけると嬉しいです。
――今回お話を伺って、災害対策コーパスの有用性と可能性を感じることができました。
弊社も自社のビジネスのことだけを考えるのではなく、この災害対策コーパスを広く利用して頂き、多くの方に貢献できるように活動していきたいと思いました。今回は大変貴重なお話をありがとうございました。